「アタシさぁ、三茶って苦手なんだよね。ほら、あそこって昔は闇市があったんでしょ?ああいうところって“気が悪い”のかアタシ、アタマが痛くなるんだよね。」(※三茶=三軒茶屋、世田谷区の地名)
とかなんとか、昔の知人が言っていたのをふと思い出した。
まぁ、相性なのかわからないけど、自分に合う土地・合わない土地はあると思うのよ。でも、昔闇市があったからって“気が悪い”ってことはないと思うんだよね。
だってそんなん言ったら、日本全国、戦後は闇市だらけだったわけじゃない?その人、渋谷にも新宿にも銀座にも行ってたんだけど、別にアタマ痛くなってなかったのよね・・・・あの辺りはかなりの規模の闇市があったにも関わらず・・・・
でもまぁ〜三茶にはいまでも「三角地帯」や「エコー仲見世商店街」など、ほんのり闇市だった面影を残す場所もあるし、まぁアピールするにはわかりやすいのかもね。
まぁ、ここまでどうでもいい余談なんですが、なんでこんなこと思い出したかというと、筆者の地元である杉並区にも勿論かつては闇市があったわけ。
中でも比較的大規模でほんのり闇市だった面影が残っていたのが「荻窪北口駅前通商店街」。
なんだけど、今年(2026)ついに解体されてしまったのよ。
一応解体される前の今年(2026)2月に写真を撮っていたので、荻窪の闇市の歴史なんかも紐解きつつ、在りし日の姿を懐かしもうと思うわ。
【荻窪】戦後の闇市の歴史

在りし日の「荻窪北口駅前通商店街」を見ていく前に、戦後の荻窪にあった闇市の歴史を少し振り返ってみましょう。
南口にも闇市はあったそうなんだけど、大規模だったのは北口。上記地図上で赤く囲ったあたりがかつて闇市があった場所になるわ。(だいぶザックリだけど)
現在のタウンセブンやロータリーも闇市だったなんて驚きよネ。
線路沿いあたりが「三福マーケット」、道を挟んで青梅街道手前の西側から「北口マーケット」「引揚者厚生マーケット」「中央マーケット」「国際平和第二マーケット」「国際平和マーケット」、タウンセブン付近は「新興マーケット」と呼ばれる闇市が並んでいたのだそう。
これだけ多くの闇市が並ぶと、当時はかなりの活気(といっていいのか?)があったことが想像できるわネ。

荻窪周辺でもっとも大規模だったのが、現在はタウンセブンが建つ場所にあった「新興マーケット」。
「新興マーケット」は昭和22年(1946)開業と早いうえ、その敷地面積は約1,600平米・営業店舗数は120店舗以上と、かなりの規模だったみたい。その後は何度か改装を重ねるも、昭和51年(1976)頃でも60店舗以上が営業を続けていたのだそう。
というか、タウンセブンの開業は昭和56年(1981)なんだけど、「新興マーケット」は昭和54年(1979)頃まではその姿をとどめていたというから驚き!
まぁ、もちろん筆者が生まれる前のことなんだけど、昭和54年って、ジュリーが「カサブランカ・ダンディ」を歌い「太陽を盗んだ男」が公開された年ですよ、なんか、こう、ちょっと最近の気がしちゃうのよ。たかだか40数年前まであの規模の商業施設の場所に、戦後の面影が残っていたと考えると、ここ最近のスクラップ・アンド・ビルドの流れが早く感じるわ。

筆者はかなりタウンセブンに世話になっているため、「新興マーケット」の話を掘ると深そうなのでまたの機会にちゃんと調べるとして、今回は「荻窪北口駅前商店街」の話にもどりましょ。
「荻窪北口駅前商店街」があったのは、ロータリーのすぐ隣、上記Googleマップの赤丸内になるわ。既に「荻窪北口駅前商店街跡」になっている通り、現在はその姿を留めていない。

ちなみに現在(2026年9月)の「荻窪北口駅前商店街跡」はこんな感じ。
建物が建っていたときは、とても狭い通りに見えたのに、壊してしまうとなんだか広く感じるわ・・・・

そしてもう一枚、現在(2026年9月)の「荻窪北口駅前商店街跡」。こちらはタウンセブンにある無印良品の窓の隙間からパシャリ。分かりづらいけど、奥の空き地が「荻窪北口駅前商店街跡」になるわ。
⬇タウンセブン様のHPには「新興マーケット」時代からの歴史が学べるページが存在します!凄い!さすがタウンセブン様!当時の写真も豊富でかなり楽しいので是非見てほしい!⬇
【消えゆく闇市の記憶】在りし日の「荻窪北口駅前通商店街」

ではでは、ざっと歴史も少し振り返ったところで、在りし日の「荻窪北口駅前商店街」をみてゆきましょ。
撮影したのは2026年2月。撮影した後にすぐに記事にしよう思っていても、いろいろバタバタしており(言い訳)ココまで放置してしまったわ。なんか既に松屋の店舗が懐かしい。

筆者は自宅のある高円寺から荻窪に移動する時、電車ではなく歩いくのだけど、その際は必ずこの「荻窪北口駅前商店街」のアーケードを通るというルーティーンを課していたぐらいこの雰囲気が好き。
だいたい荻窪に来る理由がタウンセブの無印もしくはアエナ目的か、なごみの湯(スーパー銭湯)に行くためなので、わざわざココを通る必要はないにも関わらず通ってしまうという魔力があったのよ。

荻窪駅北口周辺は空襲をまぬがれたこともあり、戦後すぐにこのあたりに露天ができてゆき闇市となり、露天だったものがバラックになり商店街が形成されていったわ。
もともとこの辺の土地所有者が地元の大地主だったそうで、国鉄(現JR東日本)へ用地を寄付したことで地所を細分転売するケースが少く、長年の間当時の面影を残しておくことができていたみたい。
まぁそれも老朽化云々の問題で建て替えることになったのだろうけど・・・・

高度経済成長期初期には街頭テレビが置かれ、人だかりができていたのだそう。
木造二階建ての店舗が当時の面影を感じさせるわよネ。マーケット時代は二階が居住空間として使われていたわ。

はい、そしてレトロ喫茶好きにはおなじみの「荻窪邪宗門」もここ「荻窪北口駅前商店街」にありました。

創業は昭和30年(1955)と古く、長年「荻窪北口駅前商店街」を見守ってきた存在。
レンガの壁と温かみのある小屋風の外観がお洒落で、「荻窪北口駅前商店街」だったわよネ。
筆者は7年前ぐらいに行ったっきりすっかりご無沙汰してたのよ・・・・本当、もっと沢山通っておけばよかったとかなり後悔しているわ。

来春には野方に移転するようなので、絶対にゆくわ!!
⬇荻窪の記事はないけど、世田谷邪宗門の記事は書いているのでよろしかったら是非!⬇

シャッターが閉まった姿はとても寂しい。
仕方ないとはいえ、令和になってから急速に昭和の面影が減りつつあるのが寂しい。

いまや珍しい「タイガー魔法瓶特約販売店」の看板も取り壊されてしまうのか・・・・取り外してメルカリにでも売ったらマニアが買いそうな気がしないでもなくない?
最近のキャラデザは可愛いものが多いなか、そんなに可愛げのないトラが堂々とシンボルになっているのが昭和風味で素敵よネ。

青梅街道沿いの入口にデデンと構えていた金物屋さん(?)の報恩商店さんも勿論シャッターが下ろされている。

この看板はずいぶん昔からあったよなぁ、と思い調べたら2009年のGoogleマップの画像に既に写っていたわ。そんな昔から再開発計画があったのね。ぼやっと生きているとあっという間に時が過ぎてしまうわね。

シャッターに貼られて張り紙。戦後と共に歩んだ80年の歴史に敬意を払わずにはいられない。
最近ババアすぎるのか、閉店するまでの長きに渡る時間でいろいろあったのだろうなぁ、と歴史に思いを馳せるとさぁ、なんだか泣けてくるのよね。

昭和30年代だろうか?当時の荻窪駅の写真も一緒に貼ってあったわ。これも80年の長きに渡り、荻窪を見守ってきた報恩商店さんならではよネ。

写真は現代に戻ります。
こちらは「荻窪北口駅前商店街」を裏からパシャリ。歴史を感じる作りにグッとくるわネ。

トタン部分は増築だろうか?昭和20〜30年代には手狭になってくると、住人たちで勝手に増築していたみただけど、耐震とか耐火とか問題あっただろうに令和の時代まで問題なく(まぁ多少は問題あったのか?)存在しているのが凄いよね。
筆者も昭和のヴィンテージアパートに住んでいるが故、でっかい地震や放火があったらちょっと心配なのよ。
【まだまだ健在】昭和の面影が残る「アサヒ通り」「荻窪銀座商店街」

今回、再開発はまぬがれた「アサヒ通り」や「荻窪銀座商店街」も「荻窪北口駅前商店街」ほどではないにしろ、細かい路地が昭和の面影を感じさせるので併せてみてゆきましょ!
いまのところ再開発の予定はないようなので、一安心なのだけど。

古い木造の建物も多いのだけど、70年代ぐらいに建てられたであろうビルも点在しているわ。

防災の観点からも、密集した路地ってあまりよろしくないのかのしれないけど、こういうのがグッとくるのよネ。
ちなみに後ろに見える高層ビルはDaiwa荻窪ビル。あのビルが経つ場所も、当時は闇市だったわ。

この辺りが当時は「引揚者厚生マーケット」だったのかしら?
ちなみに「引揚者厚生マーケット」はその名の通り、戦後海外から引き上げてきた人たちが露天を開いていたそうなのだけど、中でも上海からの引揚者が多かったみたい。

素敵すぎる看板。ここは美容室の看板が掲げられているが、カレー屋さんになってます。
このあたりはオシャレな飲食店も多く、昭和の面影を残しつつまだまだその姿を拝めそう。どんどん当時の記憶が薄れる中、かなりありがたき存在になりそうね。
個人的には「荻窪北口駅前商店街」なき後、まだまだ昭和を楽しめる空間としていつまでもこのままでいていただきたいわ。
【荻窪北口駅前商店街】在りし日の姿に思いを馳せよう

はい、今回は取り壊し前の「荻窪北口駅前商店街」の写真とともに、在りし日の姿を振り返ってみました。
もうねぇ「いつまでもあると思うな親と昭和の建物」で、本当に最近は昭和の面影が着々と減っていつている感じがする。当たり前の景色をあたり前と思わず、しっかりと目と脳に焼き付けてかないとだめよね。
今回はちょくちょく訪れる荻窪の記憶だけど、数年ぶりとかに足を運ぶ場所とだとあったはずの建物が見当たらないとかざらだものね。
今回振り返ってみて、しみじみ一日一日を大切にしないとと感じた次第です。
【消えゆく闇市の記憶】「荻窪北口駅前通商店街跡」
〒167-0043 東京都杉並区上荻1丁目6
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