
かつて横浜の街には、様々な色街が道を隔て複雑に広がっていた。元々遊郭があり戦後は赤線地帯となった真金町・永楽町や、大岡川を渡った先にある黄金町には私娼が集まるちょんの間が存在していた。これらの場所は今ではすっかりその姿も消え、当時の面影は少しずつ影を潜めているわ。
と、そんな中でも、現在でも関東最大の風俗街として知られる曙町には、かつての色街を忍ばせるカフェー建築が幾ばくか姿を残しているの。
曙町は昭和43年(1968)に発売された青江三奈さんの「伊勢佐木町ブルース」の舞台となった伊勢佐木町と道を隔ててすぐ目と鼻の先にあり、幼少期に横浜で過ごした筆者は、親に連れられ伊勢佐木町に行くことはあっても、曙町付近は子供心に”行ってはいけない場所”と認識していたのよね。
今回はそんな幼少期の”行ってはいけない場所”だった曙町に、カフェー建築を探しに潜入してきた様子をお伝えするわ☆
【赤線・青線】横浜曙町・場所と歴史

曙町のカフェー建築を見ていく前に、まずは曙町の歴史について少しみていきましょ。
中央に国道16号線をはさみ、京急黄金町駅と横浜市営地下鉄伊勢崎長者町駅・坂東橋駅の間に存在するのが曙町よ。(地図上赤く囲った部分)
昭和2年(1928)に曙町という街ができたのだけど、その由来は慈鎭和尚の『春のやよい』の一節「春のやよいの あけぼのに 四方の山べを 見わたせば 花盛りかも しら雲の かからぬ峰こそ なかりけり」からつけられたのだそう。今では関東最大の風俗街として知られる曙町ですが、なんだか綺麗な名付けられ方をしていたのね・・・
戦前の曙町は東京の玉の井や亀戸に匹敵する私娼窟として栄えており、昭和20年(1945)5月29日の横浜大空襲で焼け野原になるも、戦後は青線として発展していったのだとか。筆者は曙町はかつて赤線だったとばかり思っていたのだけど、Wikipediaにはハッキリ青線との記載があったので、当ブログでも青線と紹介しておくわね。
戦後の曙町は、小店がずらりと並び「曙町」「中央」「寿東部」の3つのブロックに別れ、しめて119軒、371人ほどの女性たちが働いていたのだとか。
それぞれの店は戦後のカフェー風の外観をしていおり、働き手もアプレ派の若い女性が多く、東京の新興カフェー街の鳩の街と気質が似ていたことから「ハマの鳩の街」なんか呼ばれていたわ。その後は昭和33年(1958)に売春防止法が施工され青線地帯も廃止されたようね。

そうした中でも、国道16号線の一本奥にある「親不孝通り」と呼ばれる通は(地図上赤線付近)、売春防止法が施工された後も色街として機能していて、昭和40年代頃には複数の「おさわりバー」なる店が人気となり、当時は様々なメディアでも取り上げられ話題になったのだそう。
そしてどうやら「親不孝通り」近辺は、風営法の改正に伴う営業地域の規制から抜け落ちていたようで、1990年代半ば頃から風俗店の数が増し、現在も続く風俗街として発展していったわ。
【赤線・青線】横浜曙町のカフェー愛でる。【親不孝通り】

はい、では少しだけ曙町の歴史がわかったところで、かつての痕跡であるカフェー建築を探しにいってみましょ☆
どうやら国道16号線を一本奥に入った「親不孝通り」と呼ばれている辺りに、カフェー建築が点在しているようなので、この辺りを中心に歩いて行きたいと思うわ。
このあたりは風俗街ということもあり、あまり遅い時間に行くと気まずいので朝10時頃に訪問したのよ。でもあれね、こういうお店って朝もやってたりするので、撮影にするのにかなり気を使わうわね。この街ではカメラを持ったいい年した女の筆者のほうが変質者、間違ってもお店に入店する殿方たちを撮らないように気をつけなければ・・・
それにしても「親不孝通り」なる名称は全国にあるけど、”こんなところで遊び呆けるなんて親不孝な!”的な由来なのかしらね??
【赤線・青線】横浜曙町・スナックルミ

まずやってきたのがこちらの建物。現在は「スナックルミ」という飲み屋へ姿を変えているものの、当時を忍ばせる立派なカフェー建築は、足を止めて隅々まで愛でたくなる存在感。

いかにもなカフェー建築の象徴である、丸い柱やモザイクタイルも綺麗に残っている。
こんなに綺麗に残っているなんて、大切に使われていたことが伺い知れるわネ。

モザイクタイルの状態も感動するほど素晴らしい!!

入口には意匠を凝らした謎の古代壁画のようなモチーフがあしらわれているわ。
かなり手が込んでいるのを見ると、当時この建物がかなりこだわって作られたのがわかるわネ。戦後の新興の色街として気合も入っていたのかしら?

そして庇部分には青い豆タイルがしっかり残っているわ。原色の豆タイルはなんとも色気を感じ、当時の華やかさを起想させられるのよね。

建物の横の路地に入ると、僅かな静寂を感じ、当時の雰囲気を色濃く残す。

雨樋の閉まった2階の窓は、ほのかな哀愁を感じ少し胸がギュッとなる。当時はあの窓の向こうで情事が行われていたのだろうなぁ・・・

な〜んてことを考えながら「スナックルミ」を後にします。
【赤線・青線】横浜曙町・「彫こう」

「スナックルミ」を後にしずんずん道を進んでゆくと、道幅がかなり狭くなってくる。
そんな狭い道にタイムスリップしたかの如く、昭和の雰囲気が色濃く残る建物が現れるわ。

それがこちらの建物、看板には「横浜彫こう」の文字が。なんかのお店?

それにしても雰囲気がすごい!!
この建物の周りだけ空気が一変したかのような、昭和を感じるカフェー建築に無駄にドキドキしてしまう。

欠けはあるものの、鮮やかな緑の豆タイルもしっかり残っている。

年月が経ち、少しの朽ち果て具合にすら色気を感る・・・

雨樋の上にあるのは灯籠?飾り?少し凝ったデザインで、意匠を感じるわネ。

雰囲気のある木戸も素敵。

木戸のデザインも凝っていて、遊び心も感じさせるわ。

全体的に和の雰囲気の中に、カフェー調のお洒落さとハイカラさが加わり、ついついじっくりと観察してしまいたくなるカフェー建築ネ。
【赤線・青線】横浜曙町・カフェー建築をリノベした現役風俗店やBAR

現在でも関東最大級の風俗街として知られる曙町は、スクラップビルドで新しい建物を建てるだけでなく、当時のカフェー建築を風俗店にリノベーションしている建物も点在しているわ。
写真の建物もかつての面影を感じる、カフェー調の建物になっているわ。

2軒並んだ建物は派手派手にデコレーションされているものの、隠しきれない当時の色街遺構。

入口には当時を忍ばせる丸い柱にカーブ掛かった庇・・・うん、間違いなくお前さん、昔はカフェーとして営業したいましたよね?

2階の凝った宮殿風の窓も当時の色気を放出しているわ。
筆者が男性だったなら、絶対にこういう元カフェーの風俗店に行くわね。絶対に。中の作りも見てみたいし・・・

そして先程の風俗店から少し進むと、またまた何やら匂う建物が見えてきたわ。

美しげなタイルの柱を発見!

現在は空き家になっているものの、豆タイルの装飾からその昔はなにやらやっていたであろうことが伺えるわ。

そしてもう少し進むと、BARなどが立ち並ぶ一角にたどり着ける。
この辺りも古い建物が多く、かつてのカフェー調の建物をリノベーションしたであろう建物が目に入るわ。

扉が3つ並んだこちらの建物。
かつて色を売っていたお店は、お客さん同士がバッティングしないように入口を分けていたという話を聞いたことがあるけど、この建物もその名残なのかしら??

こちらの建物もやけにポップなアートが施されているものの、入口の雰囲気からかつての面影を感じさせる。

現代風にオシャレな外観に化けてはいるものの、隠しきれない昭和の面影に思わず興奮してしまう。
空襲により焼け野原になった曙町は戦後になりできた新興の色街だったこともあり、建物はまだ残っているものも多い。ただ、戦後に発展したからこそ当時の時代背景を考え、働いていた女性たちにも敬意をはらいつつ見学したいものね・・・
な〜んてことを考えながら、曙町を後にしました。
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