
戦後の日本は深刻な住宅不足に悩まされていた。
空襲で家を失った人はもとより、強制疎開で建物を解体されてしまった人、さらには戦地から引き上げてきた人々などなど・・・・各地には住宅を必要とする人であふれ、『住宅よこせ運動』なる騒動も勃発したのだとか。
やっぱり家がないと心は荒む、そこで住宅不足を解消するため、昭和22年(1947)に都営高輪アパートが建設された。
これは戦後初の公営団地として計画され、住宅の不燃化にこだわりRC造(鉄筋コンクリート造)で建てられることとなった。所謂、団地のロールモデルとなった存在と言っても過言ではない。
都営高輪アパートは1947年に着工されたことから、47型と呼ばれている。呼ばれているのだが、平成2年(1990)にその役目を終え、既に建て替えられてしまい現存していない。
もはや筆者も、現存していた頃の姿を見たことがない。
が、47型はこの目で見ることはできなかったが、翌年竣工された48型と呼ばれる団地は、77年経ったいまも現存しておりその雄姿を拝むことができる。
48型は47型をベースに造られており、47型亡きあと、現存する最古の公営団地として君臨しているのだ。
そんな貴重な48型は全国に6棟現存しており、そのうちの2棟が静岡市の羽衣アパート(現:羽衣団地)にある。
実はこの羽衣アパートでは数ヶ月に一度のペースで、マニアを対象とした48型の内部見学会を行っており、なんと今回筆者も参加してきたのだ!
東京からはるばる(?)静岡まで赴き、貴重な48型団地を堪能してきた様子を、徹底レポートしようと思う。
⬇いろんな団地ついてはこちらから!⬇
【羽衣アパート】48型団地の見学方法
まずは、今回筆者が参加した見学会の参加方法についてご説明を。
いきなり現地に行っても、内部の見学はできないので注意して!
見学会に参加するには、48型を管理する静岡市まちづくり公社のホームページから、申し込みをする必要がある。
見学会は数ヶ月に一度ぐらいのペースで行っているのだけど、突発的に募集されるため、ちょいちょいホームページをチェックしておくのがいいかも。(以前は一ヶ月に1回ぐらいのペースでやっていたよう。)
人数制限があるため、応募者多数の場合は抽選になることもあるみたいなので、天命を待ちましょう。
⬇静岡市まちづくり公社のホームページ⬇
【羽衣アパート】48型団地って?
ではでは、見学会の様子をレポートする前に、まずは48型団地について少し学んでゆきましょ!
48型団地は、建設院建築局住宅建設課(現:建設省)が作成した、標準設計を元に建設された、地上4階、地下1階、戸数24戸の集合住宅。昭和23年(1948 )に着工されたことから、48型団地と呼ばれているのだ。
現在全国に現存する48型は以下6棟。
- 羽衣アパート(静岡県)
- 旧魚の町アパート(長崎県)
- 下関市清和住宅(山口県)
- 広島市営平和アパート(広島県)
- 店屋町アパート(福岡県)
この5拠点のうち、羽衣アパートは2棟を有しているという貴重っぷり!
※店屋町アパートは民間の建物のため、公営団地のくくりとは違うのだけど、48型ではあるのでここに含めています。
【最古の公営団地】48型・羽衣アパートとは?
⬆48型羽衣アパートの紹介動画⬆
ざっくりと48型についてわかったところで、今回見学する羽衣アパートについても簡単にご説明を!
静岡市まちづくり公社では、羽衣アパートの紹介動画も作成しているのでチェックしてみて☆

羽衣アパートがあるのは、静岡駅から2キロほど離れた葵区駒形通。市営住宅は地名が冠されるのがあるあるなのに、どこから“羽衣”って名前がついたの?、って感じじゃない?
実はこのあたりは建設当時、“羽衣町”という町名だったのだ。町名が変わったいまも建物名として“羽衣”が引き継がれているなんて、なんだか胸あつ!

ちなみに、上の地図上で赤く囲ったところが羽衣アパート。
隣に並ぶ緑で囲ったところが新通アパート、青が駒形アパートという団地になっている。この2棟は羽衣アパートが着工された翌年に建てられ、49型と呼ばれるモデルなのだ。(昭和24年(1949)に着工されているため)
そんなに広くない規模の団地で、この4棟が並んで建っているのは貴重すぎる!!

そんな貴重な羽衣アパートは、全国初標準設計に基づいて建設されており、当時としては珍しい水洗便所やガス設備を完備している、二間+台所の間取りとなっている。
そして室内にお風呂はないものの、地下には共同の浴室が備わっており、当時としてはかなりの豪華仕様だったのだ。(ちなみに49型には共同浴室は付いていないそう。)
これは当時の人々にとってはとてつもなく魅力的で、入居の倍率はかなりのものだったのだとか。
家賃は当時のお値段で1200円。これはいまの物価だと4万〜5万円ほど。静岡の家賃相場がわからないんだけど、かなり安いよね?(ちなみに当時の大卒初任給が6500円、カレーライス一皿が50円、お米一升が150円ぐらいだったのだそう。)

当時の静岡市は48型建設のため、国に直接働きかけるなど、かなり建設に前向きだったよう。
建設の主な目的は以下の4点。
- 不足している住宅問題の改善(戦災復興)
- 生活水準の向上(水洗便所、ガスを使用した新様式住宅の提案)
- 市内業者の育成(鉄筋コンクリート造の大規模建築物を建設させ技術習得を行う)
- 防火帯としての役割(静岡大火、静岡空襲の教訓を経て都市の防火対策)
4つめの防火帯の役割については、昭和15年(1940)1月15日に発生した静岡大火や、昭和20年(1945)6月19日の静岡大空襲の影響もあり、都市形成をするうえで静岡市ではかなり力をいれていたみたい。
当時は戦後間もないため物資が不足しており、コンクリートや鉄筋資材は国からの配給品が使われていた。コンクリートの砂利なんかは近くの阿部川のものを利用し、作業員が手作業でふるいにかけて準備したというのだから、当時の苦労が忍ばれる。
【羽衣アパート】最古の公営団地!48型を見学しよう!

はい、では羽衣アパートのことが少しわかったところで、いよいよ見学会へレッツラゴー☆
外観の撮影もしたかったので、見学会開始時刻の20分ほど前に到着!

うぉぉ〜壮観!!48型49型、たった4棟が並んでいるだけなのに存在感が凄すぎる!
オーラというのか、貫禄がありすぎて見ているだけでどきどきしてしまう。

羽衣アパートは現役で住まわれている団地のため、77年という歴史があるにもかかわらず、しっかりと整備されている。
ちなみに、バルコニーは平成4年(1992)ごろに後付されたものなのだとか。

ばしゃばしゃと撮影していたら、すでに待機していた公社の職員さんのお心遣いで、見学会開始時刻前にも関わらず中に入れてくれることに・・・・
ありがたや〜。今後参加する方は、ちょつぴり早めに現地に向かうのがいいかも。

ちなみに、見学会に応募する際に住所の入力もするのだけど、東京から参加している筆者はかなり珍しいようで、いろんな職員さんに驚かれてしまった。
遠方から参加するマニアも多いと思っていたので、なんだか意外。今回参加したみなさんも、筆者以外は地元の人達だったみたい。
以前東京からURの人が見学に来ていたそうで、どうやら筆者もURの人だと思われていたらしい・・・・スミマセン・・・・ただのマニアでした・・・・
【羽衣アパート】いざ!48型の室内を見学!

さぁ!ではいよいよ、48型の室内をレッツ見学☆
羽衣アパートは現役の団地のため、撮影の際は個人情報が映らないように注意しましょ!
今回見学するのは、ほぼ当時の姿のまま保存してある見学用の部屋。実際に人が住んでいる部屋は、リノベーションが施されているため、当時の姿がしっかり残っている部屋があるというのは貴重すぎる。
いやぁ〜それにしても階段の踊り場だけでもわくわくしてしまう♡
漆喰の壁の塗りが、むかしの塗り方で板の跡が残っているのが萌える♡(この塗り方なんて言うの?スミマセン、言葉足らすぎて筆者の言ってる意味が伝わるだろうか・・・・)

階段を登ると、昭和の世界に誘うように扉が開かれていた。
いやぁぁぁ〜どきどきしてきた。

あっ!ちょっと上からも撮影!
よい、良すぎる♡この雰囲気。

一通り踊り場を堪能したら、中に入る前にまずは羽衣アパートの間取りをみてみましょ!
羽衣アパートは2間+台所で現代でいう2Kの間取り。同潤会アパートの世帯向け住宅の間取りに似ているかも。

ではでは、おじゃましま〜す!!
いやぁぁぁぁぁぁああ〜!!昭和!すっごく昭和の匂いがする!!!
これは否応なしにテンションが上ってしまう。

玄関を入ると、まずは目の前にトイレが出現。
現在の羽衣アパートには当然お風呂は付いているけど、当時はトイレのみ。(それでも当時水洗トイレが各部屋に付いているって凄い)
トイレのドアの前にある人研の流し台には、洗濯板が置かれている。三種の神器のと呼ばれた『冷蔵庫』『洗濯機』『掃除機』が普及するのは、高度経済成長期に入る1950年代のため、羽衣アパートがが出来たころは洗濯板を使って洗濯するのが普通だったのよね・・・・

そしてその隣はお台所。
当時は冷蔵庫はおろか、電子レンジやトースターなどの電化製品もなかったから、このぐらいのスペースでも十分な広さだったのだろう。
備えつけの棚もあり、かなり使い勝手は良さそう。

豆タイルの流し台もかわいい。
おなじみのステンレスの流し台が誕生したのは、昭和33年(1958)に竣工された晴海高層アパートから。羽衣団地が出来た頃は、豆タイルや人研の流しが一般的だったのよね。
もちろん現在の住民が住む部屋は、リノベーションされステンレスの流し台になっているとのこと。
この部屋の流し台も、一度はリノベーションされたものの、当時の姿を忠実に復元するため再度豆タイルの流し台に付け替えたのだとか。

そして流しの隣にはガス栓が完備。
ところどころに置いてある昭和レトロな雑貨も、当時の雰囲気を思わせいい感じ。

コンセントなんかも、当時と同じものを復元しているのだそう。
貴重な48型を後世に残そうとする、静岡市まちづくり公社さんの努力がすごい!

そして使い勝手の良さそうな備え付けの棚は、この場所でかなりの存在感を放っている。素敵すぎる!
48型の標準設計では台下の引き出しは4つなのだけど、羽衣アパートは独自設計で2つに変更したのだそう。
羽衣アパートではこういった独自設計もちょいちょいあるそうで、本来は玄関にあるはずの靴箱も、取り付けていないのだとか。
標準設計といえど、わりとフレキシブルなのね。

そうそう!そしてこの棚で一番の見所は・・・・
開くの!戸が開いて向かいの部屋とつながっているの!
まるで現代のカウンターキッチンみたい!

それでは、お台所の向かいの部屋をみていきましょ!
一見由緒正しい和室に見えますが・・・・

なにやら怪しい?小窓がついています・・・・

はい、おーぷん!!
なんとゆうことでしょう!!!向かいの台所からの見事な動線が完成です。

カウンターキッチンの先駆けといっても過言ではないこの設備、実際住んでいた人の中には、この窓の前にテーブルを置き、ダイニングルームとして使っていた人もいたのだとか。
DK(ダイニングキッチン)の概念が生まれ、食寝分離を根付かせた蓮根団地が誕生したのが、昭和32年(1957)。
それにつながるような設備が、48型団地で見ることができるなんて胸熱すぎる!便利さと住みやすさを追求してきた先人たちの歴史を垣間見ることができ、もぅ感動が止まらない。

あ!ちなみに、各居室の壁は最近塗り直したようでかなりピカピカ。そのせいもあってか、全然古さを感じないのよね。
筆者が住むヴィンテージアパートのほうがボロさを感じるのだけど・・・・

ランプも当時のものが使われており、雰囲気満点!

そしてダイニングルームとして使える部屋の前には、一番ひろいメインの居室が。

織部床も完備されている。

当時使われていた照明なんかも展示されていた。

羽衣アパートのものではないけれど、隣に建つ「駒形アパート」と葵区四番町に現存する「四番町アパート」の竣工プレートも展示。
持たせてもらったのだけど、かなり重くて持ち上がらなかった!
【羽衣アパート】職員さんの貴重な講義も聴けちゃう!

一通り室内の撮影を終えると、職員さんの貴重な講義を受けることができる。
撮影している間も、いろいろお話を伺うことはできるのだけど、じっくりスライドなんかを見ながら48型や羽衣アパートの歴史を知ることができ、とっても勉強になったわ。
余談ですが筆者が見学したこの日、テレビ静岡さんの取材が入っており、講義中などの様子が撮影されていたため、たぶん筆者のアホ面が映り込んでいる可能性がある。東京では流れないとはいえ、コミュ障にはつらい・・・・
【羽衣アパート】貴重な共同風呂も見学!

貴重な講義を聴いたあとは、現在は使われていない地下にある共同風呂も見学することができちゃうのだ!
地下にあるって、なんだかわくわくしちゃう。

雰囲気ありすぎの換気窓がお出迎え。

お風呂はかなり暗く天井も低いため、ちょっぴり怪しげな雰囲気が漂っていた。
実際使うとなると、ちょっぴり怖い気もするけど、慣れるものかな?まぁ銭湯まで行かなくても、団地に風呂があるのは当時としてはかなり便利なのかも。

お風呂は階段ごとに設置されており、4戸が1グループとなり2日に1回、日替わりで入浴していたのだそう。
いまだったら2日に1回の入浴なんて、風呂キャンだなんだっていわれてしまうけど、当時は家風呂なんて普及していなかったため、毎日風呂に入る文化がなかったからね。
ちなみに、グループごとにお風呂当番があって、お湯を沸かしたり掃除をするルールが存在していたみたい。筆者のようなズボラな人は、沸かし忘れとか掃除し忘れとかして迷惑かけそうだわ・・・・

ちなみに、当初は薪でお湯を沸かしていたけど、わりと早い時期に(昭和30年代中)にガス式に変わったのだそう。いやぁ〜薪はかなり大変そう!
その後、昭和54年(1979)に各部屋にお風呂が設置され、この共同浴室は使われなくなったみたい。
【羽衣アパート】現在は立入禁止の屋上にも潜入!

お風呂を見学したあとは、現在は閉鎖されている屋上も見学できちゃうのだ!!
安全の観点から屋上を閉鎖する施設が多い中、屋上に立ち入れせてもらえるなんて貴重すぎる!

バルコニーが付く前は、屋上に洗濯物を干していたのだとか。
洗濯物を干しながらも、ご近所さんと世間話に花を咲かせる当時の主婦たちの姿が目に浮かぶよう。
筆者はコミュ障なくせに、ちょっとそういうの羨ましいと思っちゃうのよね。実際にその立場になったら絶対にうまくやれないクセに。

あ、そうそう、さすが静岡、晴れていたら屋上から富士山も見えるのだとか!(残念ながら曇っていて見えない。)
その他にも安倍川の花火大会なんかも見えるみたいで、ロケーションが最高すぎない!?

それにしても室内だけでなく、使われなくなった共同浴室や屋上まで開放いてくれるなんて、静岡市まちづくり公社さん、太っ腹すぎるぜ!
【羽衣アパート】貴重な48型団地カードをもらう。

屋上を見学したら、居室に戻りアンケートを記入して見学会は終了。
最後にお土産?までもらってしまった!

中には団地カードが入っており、なんとまぁ団地マニアの心をくすぐるお土産だこと!!
最後まで至れり尽くせりで大満足すぎる見学会でした♡
【49型】新通アパートと駒形アパート

最後に、羽衣アパートに寄り添う49型団地も少しみてゆきましょう。
同じような造りなので、48型なのか49型なのか一見区別がつかない。筆者も写真を見ていても、どっち?ってなってしまった。

外観上のわかりやすい違いとしては、居室のドアの向き。
48型は階段と平行にドアが設置されていたけど、49型は横に設置されている。
これはドアを開けた時に、目の前にトイレがあるのはどうなのか?ということで、49型ではドアの向きを変えたのだそう。
中の間取りはほとんど変わらないそうなんだけど、少しずつ改善していくことで、より住みやすさを追求していったのよね。
そういう積み重ねが、その後の高度経済成長期の団地ブームにつながって行くのかと思うと、わくわくが止まらない。
歴史は一直線上につながっていていることをしみじみ実感し、やっぱり団地って面白いと再認識できた1日でした☆
【羽衣アパート】最古の公団住宅・48型団地の内部見学に参加しよう!

はい、今回は貴重な48型団地・羽衣アパートの見学会に参加した様子をレポートしました☆
1時間半ほどの見学会だったんだけど、かなり濃く勉強になる時間がすごせました!筆者のこの程度のレポートでは全然伝えきれないほど、いろんな情報や見どころが盛り沢山。
こんなに素晴らしい見学会を無料で開いてくれるなんて、静岡まちづくり公社様は太っ腹すぎやしないか?
マニアの皆さん!ぜひぜひ貴重な48型団地をこの目で見学するため、見学会に参加してみてはいかがでしょうか?
【羽衣アパート】場所
〒420-0042 静岡県静岡市葵区駒形通4丁目6−10
静岡駅から徒歩20分
静鉄バス 本通十丁目バス停より徒歩5分
駒形三丁目バス停より徒歩4分
駒形五丁目バス停より徒歩4分
コメント